功労賞

クリエイティブ・コモンズ・ジャパン

2003年から準備会を立ち上げ、2007年にはNPO法人化したクリエイティブ・コモンズ・ジャパン(2013年から活動母体はNPO法人コモンスフィア)は、2004年3月に米国に次いで世界で2番目にクリエイティブ・コモンズ・ライセンスをリリースし、その後も日本におけるクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの普及活動を継続的に行っている。このライセンスや活動は2010年代前半にデジタルアーカイブで知られるようになり、以後広く普及した。今やデジタルアーカイブの利活用において必須となっているライセンス付与という考え方の基礎を確立した功績は、いまや歴史的に位置付けられることが要請されている段階と言えよう。

これらの貢献を表彰し、功労賞を授与する。

実践賞

デジタル源氏物語

大学図書館や国立国会図書館、研究機関などからWeb上に公開されている『源氏物語』諸本の画像、本文データ、現代語訳をIIIFやTEI等の国際標準規格に準拠する形で相互にリンクし、自由に行き来できるデータベースを構築している。デジタルアーカイブのコンテンツを研究等で実際に活用することを前提にデザインされた動的なものである。この方向性は単に「源氏物語」に留まらず、古典籍を利用した教育・研究活動の環境整備のモデルとなるものと言える。また、サイトを運営している「裏源氏勉強会」は、2019年の設立以来着実に活動しており、研究者と図書館員による協働のモデルとしても特徴的である。

デジタルアーカイブの構築運用の新たな形を示していることを評価し、実践賞を授与する。

日本ファクトチェックセンター (JFC)

日本ファクトチェックセンターは、ファクトチェックの実践とメディア情報リテラシーの普及に取り組む非営利組織であり、発足2年でおよそ500本のファクトチェックを行っている。検証のための一次情報の有力なものとしてデジタルアーカイブがある。特に医療・健康や近現代史などに関わる偽情報の検証のために機能している。信頼性の高い情報が集まっているデジタルアーカイブが社会課題の解決に利活用されている代表的な事例と言えよう。また、ファクトチェックのために、検証に参照した一次情報を全てリンクしている。この点も新たな情報集積が行われているとも言えよう。

デジタルアーカイブ利活用の新たな局面をひらいとことを評価して、実践賞を授与する。

阪神淡路⼤震災25年 激震の記録 1995取材映像アーカイブ

2025年1月に阪神淡路大震災から30年を迎える。本映像アーカイブは、過去の災害取材の過程で蓄積された膨大な映像資料を対象とし、社会的インパクトを与えた意義は大きい。またその公開にあたって、デジタルアーカイブ学会の肖像権ガイドラインを参照しながら運用したことなど、難しいといわれる映像資料(特に報道資料)のデジタルアーカイブの先進的事例としても多く言及されている。また、報道機関を含む言論・産業界が、自らの知的資産をアーカイブとして活用しようとする事例である、という点でも高く評価できる。

この試みをきっかけに、東日本大震災を含む多くの災害映像が適切に公開されていくことを期待して、実践賞を授与する。

未来に残す 戦争の記憶

「未来に残す 戦争の記憶」は、Yahoo! JAPANが、戦争に関する番組や体験した人々の言葉などを収集し、未来に残していくことを目的として構築したwebサイトである。コンテンツを集めるアグリゲーターであるYahoo!ニュースの強みを活かし、大手新聞社・キー局からローカルメディア、さらに海外メディアの戦争関連コンテンツを収集している。メディアのコンテンツ展開はほとんどが期間限定のものだが、ここでは、公開期間を限定せずにユーザーに提供している。フロー系のサービスが主流となるニュースメディアのなかで、アーカイビングの視点を入れて構築している点が評価できる。

2025年の戦後80年に向けて、一層コンテンツが充実することを期待し、実践賞を授与する。

学術賞(研究論文)

富澤 浩樹, 阿部 昭博「震災関連資料の利用活性化に向けたデジタルアーカイビングシステムの構築:岩手県立図書館所蔵資料を用いた震災学習の実践から」(デジタルアーカイブ学会誌, 2024, 8 巻, 3 号, p. e3-e12)

岩手県立図書館に所蔵されている東日本大震災関連資料を対象とし、資料循環型モデルに基づくデジタルアーカイビングシステムの有用性について評価した研究である。開発した震災学習プログラムの実践を通して、資料の利用活性化と検索性向上に貢献することが可能であることを示した。図書館職員との協働プロジェクトを行った点、図書館所蔵資料を対象としている点、また今後の被災資料等の活用に資する点などに大きな意味があると考える。さらに、検証過程の記述が丁寧で、今後の研究や実践の参考になると考えられる。

今後の研究の発展を期待し、学術賞(研究論文)を授与する。

学術賞(著書)

木村文「デジタル時代の博物館 :リトアニアにおけるデジタル化の受容と実践の現場から」(花伝社,2023年)

博物館のデジタルアーカイブ化について、リトアニアを対象に、フィールドワークなども駆使し、詳述したもの。一国単位で、その博物館やデジタル化の制度・歴史・政策を明らかにした上で、個々の博物館についてもアンケート調査とインタビュー調査を行い、その具体像とデジタル化の実態を検証したもの。博物館資料のデジタルアーカイブ化が明記された改正博物館法が2023年4月に施行されたとはいえ、日本における博物館のデジタル化の道は遠い。本書の視点や手法は、今後の検討にも資するところが大きいと考えられる。

デジタルアーカイブの動向を、より大きな視野で把握する研究が後に続くことを期待し、学術賞(著書)を授与する。

鈴木康平「デジタル時代の図書館とアウト・オブ・コマースをめぐる著作権法制:日本法における「絶版等資料」の再検討」(勁草書房,2024年)

現在、デジタルアーカイブにおいては、通常の商業流通経路での利用が困難な著作物、いわゆるアウト・オブ・コマース著作物の権利処理が重要な問題となっている。本書は、まず日本の著作権法においてアウト・オブ・コマース著作物に相当する「絶版等資料」をめぐる近時の法改正を丹念にまとめたうえで、EU法、米国法との比較法研究を通じて、アウト・オブ・コマース著作物概念の再検討を試みるものである。各所から注目を浴びている課題に取り組んだ本書は、今後この分野を検討するにあたって欠かせない一冊であると言えよう。

デジタルアーカイブに関する法制度の研究を一歩前に進めるものと評価できるため、学術賞(著書)を授与する。

西川開「知識コモンズとは何か: パブリックドメインからコミュニティ・ガバナンスへ」(勁草書房,2023年)

デジタルアーカイブにおいても基礎的な概念となる知識コモンズは、これまで断片的には議論されながらも、まとまった成果がみられなかった。本書は、この概念に関する日本語によるはじめての本格的な学術書である。この 30年にわたる知識コモンズ研究の展開をまとめ、知識コモンズ研究の応用や実装の様相を論じ、知識コモンズ研究の意義を述べている。コモンズ、知的財産権、パブリックドメイン、オープンアクセスなどの主要タームについても、簡潔かつ要点をついた整理が各所で行われている。

デジタルアーカイブ分野としても、より大きな概念に対する議論が必要である。そのきっかけになることを期待し、学術賞(著書)を授与する。

福島幸宏責任編集「ひらかれる公共資料:「デジタル公共文書」という問題提起」(勉誠社,2023年)

「文書」がデジタル環境でやりとりされるなか、従来の公文書のみならず、公共性をもつ民間のデジタルコンテンツも対象として、利活用可能な形で蓄積されるべきとして「デジタル公共文書」という新たな概念を提起した野心的な書籍となっている。本書はこの新たな概念を、新しい知識や社会生活などを生み出す源泉として位置づけ、利活用者の視点をも含めて議論を試みる。その論及した範囲は、公文書、大学資料、市民活動資料、オーラルヒストリー、研究データなど、多岐にわたっている。

社会が遺すべき公共資料はどのようなものか、というデジタルアーカイブの対象の根源に関わる議論がより深まることを期待し、学術賞(著書)を授与する。

学術賞(開発)

一般財団法人人文情報学研究所「TEI古典籍ビューワ」

人文学のための電子テキスト構造化の国際的なガイドラインであるTEIガイドラインは、国際規格であるがゆえに、東アジア文化圏で使われる縦書きテキストへの対応がアプリケーションレベルで非常に弱かった。このような状況に対して、TEI古典籍ビューワは、新しい環境をオープンソースの条件で提供した。これによって、データ作成のインセンティブを大きく高めることになり、すでにいくつかのデータ作成プロジェクトがデータを作成し始めている。このビューワは、デジタルアーカイブをより高度化するための重要な鍵となるものであると評価できる。

デジタルアーカイブの利活用環境がより整備されることを期し、学術賞(開発)を授与する。

人文学オープンデータ共同利用センター「つくしサーチ」

古典籍や古文書に使われるくずし字を読み下せる人が少ないため、くずし字資料を多く登載するデジタルアーカイブが十分に利活用されない課題に対して、AIくずし字認識を活用した日本古典籍データセットのテキスト検索サービス「つくしサーチ」、およびデジタル画像を相互利用する国際的な枠組みであるIIIFと生成AIを統合したビューア「IIIF Tsukushi Viewer」を開発した。今後、生成AIなどの環境整備が進めば、正確性と有用性が高まっていくものと期待される。

デジタルアーカイブの利活用に大きな可能性を開いたものとして、学術賞(開発)を授与する。